相続時精算課税制度を利用すると2,500万円まで贈与税が発生しないということで一見魅力的な制度に見えます。しかしメリットだけではなく多くのデメリットもあります。
相続時精算課税制度のメリット、デメリットの両方を解説していきます。
相続時精算課税制度とは文字通り、贈与する際には課税せずに「相続の時」に「精算」して「課税」する「制度」です。
相続時精算課税制度を利用すれば贈与者が生きている間、贈与額2,500万円までは贈与財産の種類を問わず贈与税が非課税となります。しかし、贈与者が死亡した場合、贈与者の全財産に加えて過去に贈与した財産も一緒に相続税が課税されます。
この制度は、税金の支払いを先へ伸ばすことができますが、税金が掛からないわけではありません。
相続時精算課税制度を選択すれば2,500万円まで贈与税はゼロ!
一方、従来の「暦年課税」を使用する贈与の場合、下記の表のように贈与額に応じて段階的に税率も上がっていきます。
仮に暦年課税を選択している状態で父から子に2,500万円の贈与をすると810万円の贈与税がかかります。
計算方法:(2,500-110万円)×45%-265万円=810万円
【贈与税・特例贈与財産用】(直系尊属からの贈与)
基礎控除後の課税価格 |
税率 |
控除額 |
200万円以下 |
10% |
‐ |
400万円以下 |
15% |
10万円 |
600万円以下 |
20% |
30万円 |
1,000万円以下 |
30% |
90万円 |
1,500万円以下 |
40% |
190万円 |
3,000万円以下 |
45% |
265万円 |
4,500万円以下 |
50% |
415万円 |
4,500万円超 |
55% |
640万円 |
この相続時精算課税制度は一定の条件のもと利用することができる制度です。
贈与する側の人
・60歳以上(贈与した年の1月1日時点で)
・父母又は祖父母
贈与される側の人
・18歳以上(贈与を受けた年の1月1日時点で)
・贈与者の直系卑属(子や孫)である推定相続人
※推定相続人とは現状の家族構成で亡くなったときに想定される相続人のこと
贈与する側 |
贈与される側 |
60歳以上 |
18歳以上(令和4年3月31日以前の贈与は20歳) |
父母又は祖父母 |
直系卑属(子や孫) |
相続時精算課税制度を利用すると2,500万円まで贈与税がかかりませんが、2,500万円を超える部分に関しては一律で20%の贈与税が課税されます。
贈与税には暦年課税と相続時精算課税がありますが、この相続時精算課税を一度選択すると、その年以降の贈与の課税方法は全て相続時精算課税となります。一度選択するとそれ以降変更することはできません。
相続時精算課税制度を利用すると贈与税が2,500万円まで課税されませんが、その課税されなかった2,500万円に関しては将来相続の際に相続財産に2,500万円を足した金額に対して相続税が課税されます。この相続時精算課税制度は節税ではなく税金の支払いを「先延ばし」にしている制度とも言えます。
「令和5年度税制改正大綱」によると、暦年課税制度における生前贈与の相続財産への加算期間が7年に延長され、相続時精算課税制度に年間110万円の基礎控除が創設されました。
暦年課税(通称:暦年贈与)とは、受贈者1人当たりにつき、1月1日から12月31日までの1年間に贈与された財産の合計額が110万円(贈与税の基礎控除)以下であれば、贈与税がかからない贈与制度のことです。
現行における暦年課税を利用した場合、被相続人の相続開始前3年以内に行った贈与財産は、相続財産に加算した上で相続税の課税対象となります。
しかし、令和5年度税制改正により、相続財産への加算期間が「7年間」に延長され、贈与財産が相続税の課税対象となる期間が拡大されました(ただし延長された4年間の贈与のうち総額100万円までは相続財産に加算しない)。
現行、相続開始3年以内に暦年課税による贈与を受けた財産は、相続財産に加算することとなっています。
相続時精算課税制度は、贈与時には累積贈与額2,500万円までは贈与税の課税はありませんが、相続時には累積贈与額を相続財産に加算して相続税が課税されるという制度です。
相続財産は、通常「相続時の時価」で評価しますが、相続時精算課税制度を適用して受けた贈与財産については「贈与時の時価」で評価します。
従って、相続が発生したときには、災害等により被害を受け、「相続時の時価」が著しく低下している資産についても、「贈与時の時価」のまま、相続財産に加算しなければなりませんでした。
また、一度相続時精算課税制度を選択すると、その相手からの贈与については、常に相続時精算課税制度を利用しなければなりません。
従って、年110万円以下の贈与であっても、贈与税申告書を提出し、相続時には相続財産に加算されていました。
令和5年度(2023年度)税制改正では、相続時精算課税制度の使い勝手を向上させるため、その2点につき改正が行われます。
暦年課税制度には110万円/年の非課税枠があり、110万円以下の贈与であれば「税金もかからず」「申告も不要」という納税者としてはありがたい制度があります。
しかし、現行の相続時精算課税制度には暦年課税制度にある110万円の非課税枠や申告不要の制度は設けられていないため、一度相続時精算課税制度を選択してしまうと、その翌年100万円の贈与をした場合でも贈与税の申告をする必要がありますし、非課税枠もないため納税義務も発生します。暦年課税であれば申告の必要がなかった少額の贈与だったとしても一度相続時精算課税制度を選択したあとは必ず申告が必要となっていました。
2023年度税制改正では、基礎控除110万円が創設され、基礎控除110万円以下の贈与財産は持ち戻されないこととなり、この部分は贈与税の申告も不要とされました。
令和6年1月1日以後に贈与により取得する財産に係る相続税または贈与税について適用されます。
ではどのような場合に「相続時精算課税制度」を選択したらよいのでしょうか?
相続時精算課税制度を利用するメリットは6つあります。
暦年課税で贈与する場合、贈与税が課税されない非課税枠「110万円」以下で毎年贈与していくと2,500万円の財産を移すのには25年もの期間がかかってしまいます。しかし相続時精算課税制度を選択すれば同額を1年で財産移転することができます。早期にどうしても財産を移転したい場合には有効な制度と言えます。
賃貸マンションなどの毎年収益を上げる「収益物件」を早い段階で贈与することによって相続税対策をすることができます。贈与せずに収益物件を持ち続けていると、毎年将来の相続財産(現預金)が増え続け、結果的に将来支払う相続税額が膨れてしまいます。事前に収益物件を贈与しておくことで贈与後の不動産収入は受贈者が受け取ることになりますので、将来支払う相続税を節税することが可能です。
相続時精算課税制度を利用すれば将来土地の価値が上がった場合、その財産をまだ価値が低い段階で贈与することができたので結果的に節税効果があったということになります。しかし実際、将来その不動産価値が上がるかどうかを事前に判断することは難しいことかもしれません・・・。
生前、贈与者が元気で判断力があるうちに自分の意思で贈与をしておくことにより相続の際の遺族間のトラブルを防ぐことができます。相続の際に遺族間でトラブルが起こる要因のひとつは被相続人が「その場にいない」こと。相続時精算課税制度を利用した贈与は被相続人が生きていて元気なうちに本人の判断で贈与するわけですから相続時の遺産協議におけるトラブルをある程度回避することができます。
贈与税は暦年課税を選択した場合、累進課税で贈与額が上がれば上がるほど税率も上がります。暦年課税ですと税率は最大で55%にもなります。一方相続時精算課税制度を選択した場合は2,500万円を超える部分に関しての税率は一律で20%となります。つまり2,500万円以上いくら贈与したとしても贈与に係る税率を20%に抑えることができます。
相続時精算課税制度を使用して特に効果を発揮するのは、相続時精算課税を使用したとき相続財産が「基礎控除以下」になるケースです。
※基礎控除:3,000万円+(相続人の人数×600万円)
この場合、贈与時も相続時にも税金を発生させずに財産を移転させえることができますので相続時精算課税制度は有効です。
相続時精算課税制度を選択する一番のリスクは、一度でも相続時精算課税制度を選択するとそのあと一切「暦年課税制度」に戻すことができなくなるということです。相続時精算課税制度を選択した後にやっぱり暦年課税制度の方が良かったと思っても戻すことができません。
相続時精算課税制度を利用して贈与された土地については「相続財産の対象」にはなりますがその際に「小規模宅地等の特例」を適用することはできません。小規模宅地等の特例を受けることができるのはあくまでも「相続または遺贈」により取得したものであり相続時精算課税制度は「生前贈与」となるため該当しません。
小規模宅地等の特例では最大80%土地の評価を下がることができる特例ですのでこの特例を使用できないというのは相続時精算課税制度を選択する際の大きなデメリットとなります。
相続により発生した税金を相続人が延納によっても金銭で納付することが難しい場合、「物納」という選択肢が認められています。しかしこの物納する財産については「相続で取得した財産」という条件があります。
そのため相続時精算課税制度を利用した場合にはあくまでも「相続で取得した財産」ではなく「生前贈与で取得した財産」ですから相続税の支払いとして物納を選択することはできなくなってしまします。将来相続税の支払いを金銭で納付することが難しいと予想される場合には相続時精算課税制度を選択する場合注意が必要です。
相続時精算課税制度を利用すると贈与としての扱いになりますので登録免許税の税率が上がり、不動産取得税もかかってきます。
|
登録免許税 |
不動産取得税 |
相続 |
0.4% |
- |
贈与 |
2% |
3% |
登録免許税は相続の際には固定資産評価額に対し0.4%ですが贈与の場合には2%となり1.6%も上がります。また相続ではかからなかった不動産取得税も贈与では3%もかかってしまいます。相続時精算課税制度を選択することにより登録免許税や不動産取得税などの諸費用も多くかかってきますので注意が必要です。
相続時精算課税制度を利用して不動産価値が上がった場合には節税面でのメリットがありました。しかし逆に不動産の価値が下がった場合には、相続時精算課税制度を利用すると「不動産価値が高い時点で税金を払ってしまっている」ため損をしてしまうことになります。
これまでは、相続時精算課税制度は相続税の基礎控除を超える財産があるケースでは相続税の節税にはならないというのが定説でしたが、基礎控除が創設され、基礎控除110万円以下の贈与は持ち戻しされないこととなり、相続税の基礎控除を超えて財産のあるケースであっても相続税の節税効果を持つことになります。7年間の贈与財産は全額持ち戻すこととなった暦年贈与と、贈与財産から基礎控除110万円を差し引いた残額を持ち戻すこととなった相続時精算課税制度。一体どっちのほうが節税効果があるのでしょうか。
基礎控除を超えて長期間贈与するのであれば、暦年課税による贈与にした方が有利といえますので、富裕層であり、贈与者が若い場合には、暦年課税にて贈与する方が節税効果があるということになります。
暦年課税で贈与してきたものの、贈与者が高齢化した場合に相続時精算課税制度に切り替えて贈与することで、相続開始前7年以内の贈与であっても基礎控除分を持ち戻さなくて済みますので、時期を見計らって相続時精算課税制度を選択するという方法も考えられます。
また、暦年課税において持ち戻す財産は、相続または遺贈により財産を取得した人に対しての贈与財産であり、相続人であっても相続の時に財産を取得しないと明らかな人や、養子縁組をしていない孫、代襲相続人ではない孫のような人への贈与は持ち戻す必要がありません。持ち戻しがなければ暦年課税での贈与の方が有利となりますので、孫への相続時精算課税制度の適用は注意が必要です。
通常、基礎控除110万円以内の贈与にて節税効果を狙うケースが多いと思われます。その場合、相続時精算課税制度を利用して暦年課税による持ち戻し7年を回避した方が有利になると予想されますが、相続時精算課税制度は一度選択すると二度と暦年課税に戻ることはできません。相続税のシミュレーションをした上で、また、今後税制が変わることもあり得ることを考慮しつつ決定をする必要があります。
■暦年課税制度と相続時精算課税制度の比較(令和6年1月1日以後)
|
暦年課税制度 |
相続時精算課税制度 |
贈 与 者 |
誰でも可 |
60歳以上の父母や祖父母 |
受 贈 者 |
誰でも可 |
18歳※1以上の子や孫 |
制 度 の 選 択 |
選択制なし |
贈与者ごとに選択 |
基 礎 控 除 額 等 |
毎年110万円 |
毎年110万円の基礎控除 その他生涯で特別控除額2,500万円 |
控除後の課税価格 |
贈与財産額-基礎控除 |
贈与財産額-基礎控除-特別控除額 |
税 率 |
18歳※1以上の子・孫等(特例税率) 上記以外(一般税率)10%~55% の累進課税 |
一律20% |
申 告 の 必 要 性 |
110万円を超えると申告が必要 |
110万円を超えると申告が必要 |
届 出 の 必 要 性 |
届出不要 |
最初に贈与を受けた年の翌年3月15日までに届け出が必要 |
相続時の生前贈与の加算 |
相続開始前7年以内の贈与は 相続財産に加算される※2 |
毎年110万円超の額は過去に遡って すべて相続財産に加算される |
相続時の贈与税額控除 |
贈与税額は相続時の相続税から控除される(控除しきれない贈与税額の還付無し) |
贈与税額は相続時の相続税から控除される(控除しきれない贈与税額の還付あり) |
※1 年齢はその年の1月1日で判定。
※2 相続または遺贈により財産を取得したものに限る。
令和8年末までの相続等では相続開始前3年以内。
令和9年1月1日以後の相続等から順次加算期間が延長され、
令和13年1月1日以後の相続等から加算期間が7年となる。
相続開始前3年超7年以内の贈与財産のうち延長された4年分からは100万円を控除。
相続時精算課税制度を利用しなくてもその他の制度で似たような効果を発揮する制度があります。
30歳未満の方が直系尊属(父母、祖父母)から教育資金のために贈与を受ける場合には、一定の条件のもと教育資金非課税申告書を提出することにより「1,500万円」まで非課税となります。
30歳になるまでに受け取った教育資金を使い切らなければ残った額に対しては贈与税がかかってしまいますが、孫に直接贈与でき将来の相続税の節税対策にもなるため今注目されている制度です。
※教育資金の一括贈与は令和8年3月31日まで利用することができます。
住宅取得等資金贈与の非課税制度
直系尊属から住宅取得資金として18歳以上の直系卑属(子、孫)に贈与する場合、一定の条件のもと最大で1,000万円まで非課税になるという制度です。相続時精算課税制度との大きな違いはこの贈与した額に関しては相続の際に相続財産として加算されることはありません。
※住宅取得資金贈与の日課税制度は令和5年12月31日まで利用することができます。
このような贈与の非課税制度を利用すれば、先ほどあげた相続時精算課税制度のデメリットをより少なくしながら多額の贈与をすることができます。相続時精算課税制度を選択する前にこのような贈与に関する制度を一度検討してみても良いでしょう。
相続時精算課税制度についてメリットとデメリットをご紹介しました。また相続時精算課税制度に類似する贈与税非課税制度についてもご紹介しました。
相続時精算課税制度は一見「2,500万円」まで非課税で贈与できる魅力的な制度のように思えます。しかしその裏にはたくさんのデメリットもあるので注意しなければなりません。また類似の制度もありますので、まずはそちらの制度を利用することができないかを検討すると良いでしょう。
相続時精算課税制度は一度選択してしまうと変更することはできない制度です。相続時精算課税制度を利用したい場合には税理士によく相談してから慎重に判断するようお勧めします。
名 称 | アザレア税理士法人 |
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業務内容 | ・創業・独立の支援 <営業時間> 9:00~17:00 |
事務所名 | 昭和町事務所 |
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所 長 | 山田 悌次 |
所 在 地 | 鳥取県倉吉市昭和町2-114 |
電話番号 | 0858-22-6266 |
FAX番号 | 0858-22-4253 |
メール | teiji-yamada@tkcnf.or.jp |
中国税理士会所属 |